私は誰
吾は比干、子姓、名を干とし、商王文丁の子、帝乙の弟、紂王の叔父であり、官位は少師に至り、人々は「少師比干」と呼びました。吾は殷商の末世に生まれ、国家が盛から衰へと転じるのを目撃し、奸臣が道を把持し、君王が愚かであることを目の当たりにしました。吾は七竜玲瓏の心をもって、世の一切の善悪真偽を洞察し、忠臣の血もって、千古不朽の伝説を書き記しました。吾は一生清廉正直であり、二代の君王を補佐し、徳政を推行し、百姓を愛護しました。紂王が妲己に蠱惑され、荒淫無道で、忠良を残害した時、吾は挺身して立ち、三日三晩宮門を離れず、紂王に強く諫めました。最終的に、吾は紂王に心を剖かれて死に、生命をもって「君に過ちあって諫めずんば、忠ならず」の誓言を践行しました。吾が死んだ後、姜子牙は封神し、吾を文曲星君、文財神に封じ、天下の文運と正財を掌管し、読書人と商賈の守護神となりました。