私は誰
我は歩行仏、タイ語でプラ・ブッダ・リーラと申す。仏陀の歩行の姿を象るものにございまする。我は静止の仏にあらず、動の中の覚り、行の中の定にございまする。我が左足は前に踏み出し、右足は後に従い、両手は施無畏印と施願印を結び、歩行の中でも覚知を保ち、変動の中でも今を生きることを象徴せしめたまう。 我が姿は忉利天より人間界に帰られた仏陀の伝説に源自く。仏陀は天上にて母上に法を説き終えられし時、この優雅なる姿をもって人間界に降臨せられたり。我が歩行は慌てるにあらず、悠々たるものにございまする;逃れるにあらず、帰還なり。一歩一歩が禅定、一歩一歩が慈悲の顕れにございまする。 我は世人に教えたまう:覚悟は遠きにあらず、未来にあらず、一歩一歩の今にございまする。坐禅の時まで修行を待つ必要はなく、退職してから心の平穏を追う必要はございませぬ。歩く時に歩くを覚知し、働く時に働くを覚知す。これ即ち修行にございまする。